学校法務Q&A

騒音に対する近隣住民からの苦情

【Q】 小学校を運営する学校法人です。近隣住民から、体育の授業中や放課後に校庭から聞こえる生徒の声によって騒音被害が生じているとの苦情を受けています。住民らは、騒音が法令の基準を超えていると主張して、校庭の利用中止を要求しています。どのように対処したらよいでしょうか。

【A】 まずは話し合いの場を設けて、住民側の言い分をよく聞いてみます。その際には、住民側の騒音の測定方法や評価方法が適切かどうかに留意します。不当な要求に応じる必要はありませんが、防音壁の設置や校庭の利用時間短縮など、双方が納得できる解決が図れないかどうか検討すべきです。

【解説】 騒音が受忍限度を超える場合には、違法な権利侵害行為として、人格権に基づく差止請求や不法行為に基づく慰謝料請求が認められる場合があります。個人の権利意識の高まりとともに、学校等の騒音を巡る紛争も増えています。

 騒音については、環境基本法16条1項に基づく「騒音に係る環境基準」が、地域の類型及び時間の区分ごとに基準値を定めています(例えば、「専ら住居の用に供される地域」の「昼間」の基準値は「55デシベル以下」です。)。また、各都道府県の環境確保条例も基準値を定めています(例えば、東京都の「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例」の第136条では、「第一種低層住居専用地域」の「午前8時から午後7時まで」の基準値は「45デシベル」です。)。本件の近隣住民らは、このような基準に基づき騒音被害を主張していると思われます。

 そもそも環境基準は行政上の政策目標にすぎませんし、都道府県の環境確保条例も公法上の規制です。従って、いずれも学校法人と住民のような私人間に直接適用されるものではありませんが、科学的知見に基づき地域特性も考慮して定められた有益な指標として裁判実務においても参考にされています。もっとも、住民側の測定や評価の方法が適切でない場合もあるので、学校側独自の検証は不可欠です。例えば、裁判実務では、住民側は時間率騒音レベル(最大値に近い近似値)を主張してくる傾向にありますが、裁判所は時間の区分ごとの全時間を通じた等価騒音レベル(代表値の平均値)を用いる傾向があります。また、住民側は、敷地の境界線上における騒音測定値を主張してくる傾向にありますが、裁判実務においては、境界からの減衰も考慮して、住居内での騒音レベルが重視されています。

 また、裁判実務においては、法令の基準値を超えるかどうかは重要な判断要素ではあるものの、それだけで権利侵害の有無が決まるわけではありません。判例は、騒音が、違法な権利侵害ないし利益侵害になるかどうかは、「侵害行為の態様、侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、当該施設の所在地の地域環境、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の諸般の事情を総合的に考察して、被害が一般社会生活上受忍すべき程度を超えるものかどうかによって決すべきである」としています(最高裁平成6年3月24日判決)。つまり、音源の騒音レベルの程度だけでなく、交渉経過や騒音対策を含むあらゆる事情が考慮の対象となり得るわけです。

 この点について、保育園の園庭からの騒音被害が争われた最近の裁判例を見ますと、住民らとの交渉経緯や騒音防止対策が採られたかといった施設管理者の態度が必ず検討されています。例えば、保育園の運営者が園庭の利用時間短縮や一度に園庭を利用する園児の人数制限をするなど試行錯誤を重ねていること(東京地裁令和2年6月18日判決)、保育園施設の設計の一部変更や防音壁の設置を実施し、住民の一部とは合意に至り、原告との間でも合意には至らなかったが騒音対策について何度も折衝をしていること(大阪高裁平成29年7月18日判決)、住民らの最初の苦情から具体的効果のある対策をとるまでに3年9か月もの長期間が経過していること(名古屋地裁岡崎支部平成30年9月28日判決)などの事情が検討されています。

 以上を踏まえ、施設運営者としては、不当な要求に応じる必要はありませんが、できるだけ住民への説明や防音対策に真摯に取り組む必要があります。それによって、裁判外での早期解決の可能性が高まるとともに、万一裁判になった場合にも、有利にはたらく事情となるでしょう。

(2022.10.21)